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2007年10月31日

●鳥海山麓ドライブ、牧場・紅葉・滝・林道

フランクフルトソーセージとドリップ珈琲

土田牧場のミルクハウス 先日の日曜日、鳥海山麓をドライブして来ました。
 秋田県にかほ市仁賀保高原の土田牧場で休憩しました。
 牧場内のミルクハウスで、フランクフルトソーセージとドリップ珈琲をいただきました。
 途中まで食べて、「おーそーだ、記念に写真を撮ろう」と思い出して撮りました。
 ピリ辛ソーセージにコーヒーで、結構、満腹感がありました。・・昼食前の11時。
鳥海林道 鳥海山麓ドライブ。西目・道の駅から海岸道路を南下。象潟町で内陸部に。奈曽の白滝。土田牧場。花立牧場高原。鳥海山五合目祓川駐車場。ホテル・フォレスタ鳥海のレストランで昼食・・午後2時。ホテル付属の日帰り温泉500円。鳥海林道を走り法体ノ滝に到達。この頃雲が吹き飛ばされ鳥海山が姿を現し、日差しが紅葉を照らし出しました。

※かんじんの鳥海山は、逆光で撮れず・・。
おわり
2007年10月29日

●渡り鳥の中継地、小友沼

「潟」か「沼」か?

Otomonuma おばが秋田県・能代市の看護老人保健施設に入居しています。
 先日見舞いに行ってきました。
 言葉も不明瞭で、記憶力、認知力もだいぶ弱っているようでした。
 それでも、コージーコーナーの小さな焼菓子(袋菓子)を5個もペロリと食べて、私たちを驚かせました。まだまだ、元気でいて欲しいと感じたのでした。

 帰り際、事務室をのぞいて、感謝の言葉を述べ、ついでに施設の裏にある『潟(かた)』に下りる道はないかと尋ねました。
 待合室から見える、渡り鳥の姿と干潟※の風景に興味を抱いたからでした。
 「カタ?」と、事務の女性は不思議な顔をします。そんなモノはあったかしら?というような反応です。
 わたしが「渡り鳥がやってくる、この裏手のカタ」と話すと、「ああ、沼ですね」とやっと理解したようです。
 つまり、裏手の『潟』は「カタ」ではなく、「沼」だったようです。※
 名称も「小友沼」なのですから、やはり、「沼」と言うべきだったようです。・・当方の認識不足(認知不足)でした。
 ・・会話というのは、それぞれの認識および認知作業の擦り合わせであると再確認させられた一日でもありました。
※『潟』は遠浅の海岸のことや、狭い水路で海に連なる湖沼のことを言います。内陸の湖沼のことを『潟』とは言いませんね。全くの勘違いでした。m(_'_)m
おわり
2007年10月17日

●鳥海山の紅葉、真っ盛り

風雪に耐え、のたうち回る1本の古木

ダケカンバ 昨日、仕事も何もすべて放り出して、鳥海山に紅葉狩りに行ってきました。(鳥海山がどうしても呼ぶのです(^_^;)
 祓川五合目駐車場から登り、おおよそ八合目を過ぎた所、外輪山の尾根になっているところまで進んで帰ってきました。外輪山のすり鉢の底には、紅葉&黄葉の絨毯が敷き詰められています。秋の彩りを十分に堪能して下山しました。
 
 左の写真は登山道脇にあった1本のダケカンバの老木です。
 満身創痍でありながら、生命力(生気)をみなぎらせ、のたうち回るさまに、鬼気迫るものを感じます。
おわり
2007年10月 9日

●天然秋田杉建築の見本「天神荘」取り壊しに

モノは保守・修繕を放棄したら朽ちるばかり

tenjinso20011103 左の写真は、2001年11月3日、七座山に登った時に写した天神荘です(背景の山が七座山です)。
 この日は友人の結婚式があり、少し早めに家を出て七座山に登ったのでした。

 「モクネット」という米代川流域の秋田杉を家造り資材として広く紹介しているグループのWebサイトがあります。
 そのサイトの「二ツ井再発見」というページに次のような文章が書かれています。
七座山の西側(仁鮒側)は海からの冷たい風がきつくあたるため、大きな樹木は生えていないが、反対の小繋側では霧が深く、野生の杉や広葉樹と混じって生えている原生林がうっそうと茂っている。
 天神荘は小繋集落より上流の麻生集落にあります。この天然秋田杉建築文化財は、上空部を鬱蒼とした原生林に覆われ、米代川の川面に映えて建っています。
 
 先週、母方の実家がある麻生から、新米が宅急便で届けられました。
 先月中旬の秋田を襲った集中豪雨は、天神荘小繋集落に被害を与えました。
 母方の実家の田んぼも水をかぶったのではないかと、心配したのですが、被害は免れたと聞いて安心していたのでした。
 
 私が子供の頃と言えば、今から40年以上も前のことになります。
 当時の天神荘といいますと、写真のような荒れ果てた様子とは大違いの、営林署の宿泊施設として盛んに利用されていた綺麗な建物でした。
 父が営林署勤めでしたので、天神荘という固有名詞は一時期よく家族の会話の中にも入ってきておりました。
 
 そういった思い出あるものが、先月の豪雨で水に浸かり、補修困難になるほどの状態になったとのこと。解体撤去は必須との報道がなされました。
 そもそも、以前から建物自体の痛みが激しく、解体論議が盛んでしたが、今回の豪雨被害が命取り。もう保存修繕するという意見は完全に無くなってしまったのではないかと思われます。(残念です)
おわり